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彼は男の顔を蔽つている手拭をとりのけながら云つた。
「ハッパもいゝが、近頃は土方がいたづらをするとか云うて、女の子が下の方を恐はがつて通らんていふぢやないかね」
職業柄人見知りなんかはしていられないし、又さういふことにかけては密ひそかに自信を持つていた房一も、少したぢたぢとなつた。そのはずみに、房一は路々考へて来た挨拶のきつかけを度忘れてしまつたほどである。
「はあ、はあ」
「お松は「い」の字と言う酒屋に嫁よめに行ったです。」
今度は、徳次も完全にびつくりしてしまつた。彼のきよろりとした眼には、どこか少し先きで火事があると聞いた時のやうに、何だか落ちつかない、興昧ありげな色が浮んでいた。
「いや、どうぞ構はんで下さい」
「まだ?ふん!よせ、よせ。阿呆らしい」
と、酒が少し入るとすぐ真赤になる性質の房一は、その紅黒い顔を火照ほてらせ、円い身体を持扱ひかねたやうになつて訊いた。
「それで、近く片づきさうなんですか」
黒光りのする戸棚の蔭からびつくりしたやうな義母の円つこい眼がのぞくと、
と、ふしぎに叮寧な言葉使ひになりながら、鼻汁と埃とがごつちやになつて真黒になつた子供の方にしやがみこんで、家の方へ向きを変へてやる。
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